家族


我が家の田んぼの稲穂は台風の目にあたる前に刈られた。

日々、出向き、手をかけ、目をかけ、その年の気候を身に染みこませ判断を効かせる70を過ぎた親。

その姿の背景に有るものは、家の固有性。
母や父、その祖父母またその祖父母・・・、
家は独特な歴史を持ち、生活文化であり、
その母なる環境でわたしは育ち、こうして命をつないでいる。

 

それを大切にしたい。

 

 

 

米なしでは命の基がつくられないなと、つくづく思う。

点滴につながれて、命に別状はなくても、
炊きたての米を食べられなくなっては、元氣がなくなるのは当然だと言いたいのです。

米を食べないと氣が入りません。

わたし自身、前世はフランス人ではないかと思う程、パン党。
米はわたしが生きている、いのちそのもの。

全身を巡って、頭のてっぺんから熱が湧き出てくる。

日本人の農的思考がここにあるんだな。

 

家族がつながっていて、集落一帯の風景をつくっている。

そこには柔らかい、あたたかい、真実がある。

 

 

家族で庭を造ろうと思い始めたら、そこから始まる。
広大な敷地でなければならない、という話ではない。
田んぼをつくらないといけない、という話ではない。

そこから家族の歴史の壱ページが始まる、たいせつなオープニング!

 

 

 

 

 

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